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充実した人生を過ごすために


本日は、7月13日です。
関東では、亡くなった遺族をお迎えする迎え火の準備をなさっている
ご家庭もあると思います。
私は関西にいたので、お盆と言えば8月中旬というイメージがあるのですが、
関東ではお盆の季節となりました。
私は浅草の浅草寺にご先祖様の回向に行って参りました。



sensouji.jpg
浅草寺



お盆には、亡くなった人が帰って来られると言われています。

人間にとって「死」は怖いものです。
しかし、本当は「死」があるからこそ、「生」が輝くのです。


不老不死の秘法が昔から探し求められてきましたが、
もし人間が本当に不老不死になったとしたら、
時間がたっぷりあるからと油断してしまい、
きっとダラダラとした毎日を送ってしまうと思うのです。

「死」を意識するからこそ、生きている有難さを感じ、
生きている間は充実した人生を過ごしたいと思うようになるのではないでしょうか?
そういった意味で、「死」とは、「生」を輝かせてくれる存在であり、
むやみに恐れるべきものではない気がいたします。

昔の人はなぜ輝いた人生を送る人が多かったのだろうかと、私はいろいろ研究しています。
そして、そのひとつの答えが、辞世の句をつくっていたからではないだろうかと思っています。

昔の人は、教養のひとつとして、死ぬ前に辞世の句を詠んで死ぬ習慣がありました。
死ぬ間際になって急に辞世の句を詠んで下さいと言われても、
すぐ詠めるものではありません。
普段から、自分が死ぬ時、どんな句を詠もうかといろいろ考えていたと思うのです。
そうやって常日頃から「死」を意識していたからこそ、
充実した人生を送る人が多かったのではないかと思うのです。

いろんな人の辞世の句を知ることは、いろんな人生や人生観を知ることになります。
今回は、何人かの辞世の句を紹介していきたいと思います。

まずは、平安時代のプレイボーイ 在原業平の辞世の句から。
在原業平は、伊勢物語の主人公と言われています。
私も高校時代、伊勢物語をはじめ、万葉集、竹取物語、新古今和歌集、枕草子など、
日本の古典文学が好きで、よく読んでいました。

つひに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを
(意訳:人は誰でもいつかは死ぬと聞いてはいたが、
まさかもうすぐ死ぬとは思っていなかった)

在原業平は、恋愛にうつつを抜かして遊びほうけていたのでしょうか?
人生を無駄に過ごしてしまった後悔が感じられます。

露と落ち 露と消えにし 我身かな 難波のことも夢のまた夢

豊臣秀吉の辞世の句です。
天下人にまで駆け登った生涯は「戦国一の出世頭」と評される秀吉ですが、
死ぬ時になって、露のように消えていく我が身にとって、
出世したことなんて夢に過ぎなかったと言っています。
これが、人が死ぬ時の本音ではないでしょうか?

人は誰であっても、どんな金持ちであっても、
裸で生まれ、裸で死んでいくしかないのです。
ガツガツと金、地位、名誉、権力など求めても、
それらは死ぬ時に全部置いていかなくてはいけないのです。

事しげき 世のならひこそ もの憂(う)けれ 花の散りなん 春も知られず
(意訳:いろいろと問題のあるこの世に疲れてしまった。
私は楽しいことも体験しないまま死んでいくのだ)

鎌倉幕府の3代執権北条泰時の辞世の句です。
私は、この歌を初めて見た時、びっくりしてしまいました。
執権といえば、当時の最高権力者です。
鎌倉幕府の基礎を築いた名執権として現在でも知られている人が、
死ぬ間際になって、自分の人生は楽しいことなんてなかったと嘆いているのです。
いくら時の最高権力者になったところで、死ぬ間際に自分の人生は
楽しいことがなかったと嘆くのであれば、悲しいことだと思います。

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも とどめ置かまし 大和魂

吉田松蔭は、幕末の革命家です。
明治維新という新しい時代に向けて行動しながらも、
夢が実現されるのを見ることなく、
死ななければいけない羽目になりましたが、
たとえ死んでも自分の志というべき大和魂は残り続けるのだという、
私が最も好きな辞世の句のひとつです。

この世をば どりゃ お暇(いとま)に 線香の煙とともに 灰さようなら

弥次さん、喜多さんで有名な「東海道中膝栗毛」の作者・十返舎一九の辞世の句です。
作品の中ばかりでなく、洒落っ気の強い十返舎一九は、死ぬ時まで洒落ていました。
死ぬ時に立てる線香の灰が落ちるのと、
「はい、さようなら」の挨拶のはいをかけて、洒落ています。

ちなみに十返舎一九は死ぬ時も、自分の死を予期して
自分が死ぬ前日、頭陀袋へ花火をいっぱい詰めておき、
自分の遺体が火葬場で焼かれた時、花火が飛び出して
弔いの人々を驚かせたという逸話があります。
私は、十返舎一九に「粋」を感じます。
死ぬ最後の瞬間まで軽快な人生を送ろうとした十返舎一九に敬服してしまいます。

もうひとつ、粋な辞世の句として、世界的にも著名な画家であり、
「富嶽三十六景」を描いた江戸時代の浮世絵師の葛飾北斎の句があります。



hokusai.jpg
葛飾北斎 神奈川沖浪裏



人魂で 行く気散じや 夏野原
(意訳:死んだら人魂となって夏の野原をぶらぶらしよう)

死を恐れることなく、死んだら人魂になって
野原を散歩しましょうなんて、なんと風流な句なんでしょう。

ちょっと方向を変えて、こんな句を詠んだ人もいます。

思い置く まぐろの刺身 河豚(ふぐ)の汁 ふっくらぼぼに どぶろくの味

新門辰五郎は、江戸時代末期の侠客で、町火消、浅草寺の門番でした。



kaminarimon.jpg
浅草寺 雷門



徳川慶喜公が京都へ上洛すると慶喜公に呼ばれ、
子分を率いて上洛して二条城の警備などを行い、その後も慶喜公の警護を務めました。
死ぬ間際まで、好物の美味しいものを思い浮かべながら死んでいけたら、
ある意味幸せな気がします。
俗世の思いたっぷりに死んでいくのは、あっぱれな気がして、
この句を知った時、こんな生き方もあっていいなと思わず、微笑んでしまいました。
新門辰五郎は、きっとあの世でも、
好きな食べ物と酒に囲まれながら過ごしていることでしょう。

このようにその人の人生観によって詠む句はさまざまです。
充実した人生を送るために、時にはちょっと立ち止まり、
自分ならどんな辞世の句を詠むだろうか、
そんなことを考えるひとときを持つのも楽しいことかもしれません。

特にお盆の時期は、亡くなった人を偲(しの)びながら、
まだこの世に残されている自分がより良い人生を歩むことを考え、
その考える機会を与えてくれた故人に感謝することが、
故人への最高の供養になるような気がいたします。

今、生きている私たちが幸せに生きること、
命をいただいている私たちの人生を輝かせること、
これこそが故人への感謝の気持ちの表明だと思うのです。


皆様なら、どんな句を詠もうと思われますか?


7月17日追記;
群馬県からお越しいただいた患者様からお菓子をいただきました。
スタッフ一同でいただきました。ありがとうございます。



gokasi.jpg
安政二年(1855年)創業 「三俣せんべい」
150年以上の歴史を持つ手焼きせんべいの老舗です


目白ポセンシアクリニック



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プロフィール

永久 晶浩(ながひさ あきひろ)

Author:永久 晶浩(ながひさ あきひろ)
国立神戸大学医学部卒業
目白ポセンシアクリニック院長
https://ssl.possenssia.com/profile/
心のあり方まで含めた「美」についての総合研究者

古代ギリシアから現代アートまで古今東西の芸術的文化を研究している

主な著書に「アルファ型美人のすすめ~愛される美人vs.愛されない美人~」「『NO』と言えれば人生は開ける」

診療日誌を日々更新中

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